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2005/9/5 6組山下真理子
小西敏子さん(10組)、重村恵美子さん(7組)のお話をまとめました。
ある日東京九華会より15期生の名簿作成を頼まれ、つい「OK」の返事をしてしまった。(小西)
そこで、九華会の名簿にあった同期生数人に電話して協力を要請した。
手分けして住所を調べるという地道な作業を始める。
連絡が取れた数人に声をかけ、平成元年の東京九華会に出席してみる。(目黒雅叙園でした)
二次会でお茶をしながら「同期会をしたいね」と話し合う。7〜8名いたと思う。
[創立メンバー]
・女性
池田真弓(7組)、重村恵美子(7組)、藤井聰子(6組)、稲井孝子(10組)、小西敏子(10組)、松本順子(11組、後から参加)
・男性
熊谷利久太(4組)、原田孝壽(3組)、古谷典生(4組、後から参加)
熊谷さん、原田さんは同じ華陽中出身ということで、小西さんが声をかけた。
まだ他にもいたかもしれませんが...
稲井孝子さんは3〜4年前に長く患っていた肝炎で亡くなってしまわれた。
[主な仕事]
・会場選び
警察関係や防衛庁関係や色々あたり、結局グランドヒル市ヶ谷に決定
・会費決め
会場選び、会費決めは男性に随分頑張ってもらった。(主婦はこういうのは疎いので)
・名簿作成
住所、氏名、職業記入の名簿作成のために電話であれこれ確認。
(キャッチセールスとかと同類に間違えられ、嫌な思いをしたこともあるそうです。)
第一回は平成2年6月第一土曜日だった。
連絡の取れた70名のうち、なんと50名参加!(スゴイ)
お喋べりに夢中で食事が随分余った。
青稲会の名称は、このときいくつかの候補の中から多数決で選ばれた。
第二回もかなりの出席率だった。
三回目から少し減る。(30〜40名)
転居先を知らせあうためにも毎年開催しようということになったが、正直こんなに続くとは思わなかった。
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2005/8/10 2組佐鹿康夫
20年(?)近くも前のことではっきりしませんが、同期会の出欠をとる葉書をもらいました。
(幹事が誰だったか忘れました)
東京九華会からも案内が来ていましたが、懐かしさはあったのですがなんとなく敷居が高く参加したことはありません。
同期会なら気安いだろうと出席しました。
「会の名前」については、その葉書に募集の欄があり、私のおもいつきを書いたのが採用されたのだと思います。
第一回も六月上旬で、ちょっと郊外に出ると田植えの終わったばかりの清々しい青稲の(防府の)景色がありました。
また、
「たまにゃ〜 あおいねぇ〜」
と「会う」の方言ダジャレで「青稲会」を提案しました。
同期会の名前は重厚な思いを込めたものが多いのですが、逆にその軽さが皆に受けて決まったようです。
という訳で「青稲会」の名前の由来は多少わかりますが、発足のいきさつはよく知らないのです。
しかし、なんとなくスタート時から女性軍のエネルギーに男どもが引っ張られて、女性軍のおかげで、どうにかこの会が存続しています。
私より女性の方々のほうが「いきさつ」は詳しいと思います。
私事ですが、まだ母が防府に居ますので盆正月には帰省することにしています。
もし、居なくなったら防府への意識的距離がうんと遠くなるはずです。
そうなれば「青稲会」も別の意味も持つようになる気がします。
皆の負担にならない程度に継続できればいいですね。
(微力ながら私も手伝います)